第15回デザインコンテスト受賞作品

【ご注意】
こちらに掲載されているお墓は、ご応募された方が想いを込めて作っておられます。安易に模倣等されないようご配慮をお願い致します。

特別賞

亡くなったペットと天国で再会できる虹の架け橋型お墓

東京都 小野様

お墓建立の際のエピソード

虹のかけ橋 こんな話ご存知ですか?
愛されたペットが亡くなった時、天国へ行く虹の橋に先へ歩んで、一番高いところでご主人様をいつまでも待っています。やがてご主人様が亡くなられたら、そこからまた一緒に天国に向かうというお話です。
私と妹はペットが大好き。今手元に2匹のワンチャンの遺骨があります。虹の橋で待ってもらう為、デザインしたものです。

特別賞

滑走路、ジャンボジェット、そして職場であった航空管制塔型お墓

香川県 野沢様

お墓建立の際のエピソード

定年迄にはまだ一年ありましたね。入院中にも、仕事の事を気にかけてばかりでしたね。滑走路のように広い横長の基盤の上に、職場である高松空港の管制塔を模したお墓にしました。その前にはジャンボジェット機も石で作って配置してあります。丁度お墓の向こうを高松空港から飛び立った飛行機が飛んでいます。ゆっくりと飛行機を眺めてください。
また隣りで眠る父へ。国鉄で長年働きましたね。SLの様に真っ黒なボディのお墓ができました。お墓に刻んだ様に穏やかに過ごしてください。

特別賞

少子化で廃校となった小学校の閉校記念碑は「学校のお墓」

北海道 吉野小学校閉校記念事業協賛会様 吉野小学校閉校記念碑

お墓建立の際のエピソード

新十津川町立吉野小学校(樺戸郡新十津川字吉野100-4 平手智子校長)が、2009年3月で103年の歴史に幕を下ろすことになりました。
閉校を記念して、彫刻家・五十嵐威暢が校庭に閉校記念碑を制作しました。全長47メートル、幅5メートル、最も高いところが3メートル。地元の石を使い、ベンチと鉄のフレームと103個の自然石でつくられています。晴れた日は碑文が刻まれた石に空が映り込みます。その先のベンチに座ると、前方の鉄のフレームで切りとられた吉野地区の田園風景と山並みの中央に、自然石の石積みの山が見えます。103年の歴史の中で巣立った卒業生と関係者全員のパワーを象徴しています。石の山は一直線に南へ伸びていて、山並みの向こうに広がる未来へ向かっています。

少子化により、昨今多くの学校が、閉校となっております。ある意味、閉校記念碑は学校のお墓となるのでしょうか。この吉野小学校も103年の歴史に幕を閉じました。雪深い未開の地、吉野を100年以上も前に開墾し村をつくりそして、この学校をつくりました。想像を絶する物語がこの村にはあったのでしょう。
この過去から未来へとつながる閉校記念碑が、忘れてはいけないこの村の歴史の礎となり、未来への夢と希望を創造する役割となるような記念碑(学校のお墓)となることを希望します。

特別賞

筆、すずり、書道一筋の人生を象徴、「書の美術館」型お墓

北海道 小原様

お墓建立の際のエピソード

書道家として、北海道を拠点に日本だけでなく、中国においても活動してきました。 今まで歩んできた「書道一筋の人生」を、生前のうちにお墓という形で表現する事を決意しました。 「お墓は人生そのもの」だからこそ「書道家らしく!」3本の筆をお墓の横に配置、お墓そのものは愛用の硯「欄亭硯(らんていけん)」をモチーフにし、正面字も自分らしく、自らの揮亳による雅号「道城」としました。

お墓全体もまさしく「書の美術館」風にし、お参りに来てくれた人が、私の作品(現在は5点)が楽しめるようにレイアウトしました。墓石に黒みかげ石を使ったのは、墨の色が黒だからです。また、赤みかげ石は書に対する情熱のイメージとし、全体のデザインも極力明るくシンプルに配慮しました。(実は上から見るとこれまた{硯}に見える)
このお墓を機に、引き続き小原道城の書の世界を限りなく進める決意を新たにしています。

入賞

愛する十勝の観光名所になれば…打てば響く大太鼓型お墓

北海道 大友様

お墓建立の際のエピソード

「墓石めぐり」が観光の架け橋になれたら…。
今から40年ほど前、開拓90周年の式典を迎える帯広市には郷土芸能など何もなく、式典で披露することになった十勝発祥の「平原太鼓」の旗揚げに携わりました。
今では、帯広市の観光連盟会長、郷土芸能平原太鼓宗家会長などもさせていただいています。私は帯広生まれ帯広育ちで、幼い頃から十勝をこよなく愛しています。太鼓を通して、古き良きものを大切にし、新しい形にして継承していくことの大切さも実感していました。

太鼓とともに歩んだ私の人生を形に残したいと考えて相談したところ、私の人生や生き様を家族も温かい気持ちで応援してくれていたと知り、昨年帯広市内の霊園に生前墓を建立することができました。自分の経験や想いから墓石には座右の銘「打てば響く」という言葉を刻み込み、和太鼓をかたどった十勝の郷土芸能「平原太鼓」の墓石ができあがりました。いつかこの墓石が十勝の観光名所となり十勝を栄えさせることができれば幸せです。

入賞

一際高い墓石をステンレスの基盤が鎧イメージで守る

東京都 六平様

お墓建立の際のエピソード

お墓を自分で設計してみたい気持ちを持っていた。、弟が亡くなった時に亡き父が資金を出してくれ、私が設計、石材店がいろいろ相談に乗ってくれて、私自身のオリジナルの設計を完成しました。ステンレスの厚い板を使い、墓石をヨロイのイメージではさんで守っている感じを出しています。「六平家」と書いた墓石の高さを高くして、周りの石を低く墓石が目立つように設計しました。お参りに行くといつも光り輝いていて気持ちがいいです! なお「六平家」という文字は、私の母が墨で書いたものをもとに彫っていただきました。母もお墓にいます。

入賞

弁才天のステンドグラスにピラミッド型お墓

鹿児島県 沼田様

お墓建立の際のエピソード

百歳で旅立った母は、温和で優しい人でした。私は折に触れ、生前の母を偲びながら一時を過ごすことがあります。
母の霊が安らかに幸せであるようにと、このお墓を考えました。末娘が気持ちをこめて制作した弁才天のステンドグラスに見守られ、ピラミッドのパワーによって、母の遺骨が幾久しく保存されることを願っております。これからは明るい気持ちでお墓参りに出向き、母と穏やかな語らいの時間を広いベンチに座って持ちたいと思います。

入賞

自然いっぱいの芝生墓地に、自作のステンドグラスを嵌め込んだお墓

東京都 林様

お墓建立の際のエピソード

ステンドグラスに魅せられて!
主人は写真、彫刻、DIY。私はお花、ステンドグラスの製作十数年。主人がDIYで改装した洋間のドアーや窓は、大型のステンドグラスを嵌め込み、置物やスタンド等、部屋には私の作品が一杯。
そして、家族は自然を愛する一家。従って申し込んだ墓所も芝生です。建墓の話の中で私共の想いをデザインし、その一部にステンドグラスも取り入れて!
連峰と山肌を想定したデザインとコブ出し加工。バラのステンドグラス(背面からの光が射した時の色合いや形を考慮し5点を作成し現地で嵌め込んで選びました。)麓には、娘の好きだった蛙(かわず)。お花は直径5寸以上のガラスの器で一杯の盛花をあげたい。主人と私の共同作品でした。

入賞

墓石手前の貼り石にハート、墓石には「Sincere Heart」、ハート型お墓

熊本県 岡野様

お墓建立の際のエピソード

山の上にあった先祖の墓に、父の命日にお墓参りに出かけた伯母が、坂の途中で転倒し、今でも車イスの生活を送っています。この事がきっかけとなり、年老いた父の兄弟や親戚の人たちにも気軽に足を運んでもらえるような場所に、お墓を建てたいとの思いから自宅のそばの墓地に移すこととなりました。我が家に来られた際には、いつでもお墓参りをしてもらえる様に、お花いっぱいの花壇にふくろうのオブジェやイスをおいて、全体的にとても明るい公園風に出来上がりました。墓石はオシャレでハイカラさんだった父をイメージして、明るい洋型デザインにし、ステンドグラスにはお花が大好きな母の意見を取り入れバラを選びました。墓石に刻んだ「Sincere Heart」という文字は「誠実な心」。永年郵便局員として仕事一筋に頑張ってきた父。何事にたいしても誠実に向き合っていた父の心を刻みました。
父の十七回忌に併せて建立することとなり、石材店さんには、限られた短い期間の中でわがままを聞き入れて頂いたことを、大変感謝しています。お蔭様で親戚の人たちにもお披露目することが出来、思い通りのお墓の出来上がりに大変満足しています。
いつでもすぐ傍らで、私たちを見守る事が出来る事を、父もきっと喜んでくれていると思います。

入賞

若くして逝った娘のためハート型墓石にバラの花、刻んだ文字は「絆」

長崎県 大崎様

お墓建立の際のエピソード

娘は若くして帰らぬ人となってしまった。娘を偲び、娘のお墓を作る決心をした。ハート型の石塔には、バラの花の象徴をあしらい、家族の絆を大切にしたいという想いで“絆”一文字を彫刻しました。
娘が生前大好きだったフォークデュオ“ゆず”にちなんで、“柚子”型の花立てを緑色の石で造り、“ゆず”の楽曲の歌詞を納骨室の扉に彫刻しました。
ハート型の石塔をはじめ、アーチ型の香炉、“柚子”型の花立てや、随所のR加工が全体的にやわらかい雰囲気をかもし出していて、娘の安らかな眠りをやさしく包んでくれている。

入賞

「やさしく、ほっとして長居したくなるね」と好評のハート型お墓

愛知県 吉沢様

お墓建立の際のエピソード

昨年6月、主人はわずかな入院生活の後、楽しみにしていたひとり娘の結婚式にも出席することができずに亡くなりました(48才)。あわただしく月日が経過する中で、あたたかくやさしさのあるお墓を作りたいと、数店のお店へ相談した後、ある石材店さんに決めて相談に行き、夫への想いや希望する形等を伝え、ここでこそ想いを実現できるのではないかとお願いしました。

4ヶ月余りの間に何度も何度も打ち合わせをし、限られた狭いスペースの中で、シンプルであたたかい感じのお墓に仕上げることができ満足しています。開眼供養を終え、お参りに来られた友人たちから「やさしくほっとするようなお墓で長居したくなるよね。」と言われ、本当に喜んでいます。

入賞

亡夫に捧げる「愛の讃歌」のメロディ彫刻と、墓前に立派なピアノ

宮城県 日下様

お墓建立の際のエピソード

夫が他界した時は、桜の花が満開で雨に濡れて散っている様子がとても綺麗でした。そんな桜の花に見送られ旅立っていきました。夫は「和」を大切にする人でしたし、書道を生き甲斐にしている人でしたので、「貴為和似」という夫の自筆を残してあげたく刻みました。また、私が結婚式の時に「愛の讃歌」を歌う事を喜んでくれていましたので、今度は夫に捧げたいと思い「愛の讃歌」のメロディを刻みました。またいずれは自分も眠る墓地ですので、自分を支えてくれた、ピアノも彫刻して頂きました。

入賞

球は輪、輪は和、そして「感謝」、「夢」が刻まれた球体墓石

福島県 片桐様

お墓建立の際のエピソード

文字とかたちで思いを繋ぐ~楽しくお墓参り
歌「千の風になって」の歌詞の中に、「そこ(お墓)に私はいません」とありますが、お彼岸などの先祖を奉る行事を、あくまで形式としてお墓参りに出かけていた私でした。そこには何かが足りないと思う私がいました。そこで、遠くの親族が集まる機会も「来てよかった」「楽しかった」の時に変えたいとの思いが、古くなったお墓の建て替えるきっかけでした。
その表現の一つが、竿石に刻んだ『夢』の一文字です。私の人生での一文字を選ぶといったら「夢」と「楽」です。人は多くの夢を見て、実現させたり、諦めもするでしょうが、大切な喜びと楽しみを体験できることが、その「夢」を持つことにあると思います。この「夢」の字体は、地元のてん書家・高橋正巳様の2~3千年前の文字と言われ、10年程前に求めた最高のお気に入りの作品を写したものです。
二つ目は『球』のかたちです。人は、人とのご縁を通して丸く磨かれ、球は人生の目標でもあると思い、一見、ドラえもんが寝てるの?と思える外観としました。バランスのとれた(転がるからそうでないかも?)球が大好きですし、何より球に“力強さ”を感じます。見ての通りの、触れて楽しい三つの球。現に、先日の法事では、球を撫で回したりと、驚くほど長い時間をその場で過ごしました。球は輪、輪は和、そして「感謝」へとつながって欲しい。そのような思いが、球をメインの竿石とした理由です。
花束を置く様にしたのも、右側のベンチも、「優しさ」となりました。更に、球の竿石には驚くべき、すばらしい「プレゼント」がありました。それは、その球に、魚眼レンズで見るような美しい景色が広がるのです。太陽が球に反射し、光と共に周りを映し出す様はとても感動でした。今日はどんなすばらしい世界を球が見せてくれるのかを毎回楽しみに、お墓に、先祖に感謝してお参りに出かけたいと思います。 この建立にあたり、石材店とのご縁に感謝致します。

入賞

娘が好きだったバレーボールがアクセントのお墓

富山県 大坪様

お墓建立の際のエピソード

娘が亡くなり6年経ちました。
私の家は分家という事もあり、当時はお墓などありませんし、むしろお墓など遠い先の事としか考えていなかったのです。娘は、急逝だったため悲しみに明け暮れ、気持ちはお墓どころではありませんでした。取り合えず本家のお墓に納骨させていただきました。娘は、バレーボールが大好きでお友達も多く、そのお友達からぜひお墓参りをと、ありがたい言葉を多数頂いたのですが、周りには同じ名字のお墓が沢山あり、「ここに眠っていますよ・・」といった目印に何かを置こうという話になり、それなら、大好きだったバレーボールにしようという事になって作っていただきました。
5年の歳月が経ち、やっとお墓のことが考えられるようになり、七回忌を前に石材店 に幾度となく足を運び、私達の娘に対する想いの墓と言う事で、何度も何度もプランを作り直して頂き、おかげ様で希望する形のお墓を建立する事ができました。本当に満足しております。ありがとうございました。

入賞

触りたくなる、撫ぜたくなるお墓、カドのない丸みを帯びたお墓

福岡県 山本様

お墓建立の際のエピソード

以前よりお墓の形には興味があり、硬い石の角を見るたびに何故、四角いお墓しかないんだろうという疑問から始まり、墓前に立ったときに思わず、触りたくなる、撫ぜたくなるお墓にするには角を取って曲線を描く必要がありました。 亡父は山が好きでしたので、山の安定した形をイメージし、その山の中心に一文字を入れました。この一文字も亡父や我々家族皆がお気に入りの「道」を石工さんに手彫りで彫っていただきました。そして、観音開きの扉には私のデザインした蓮の花を彫って頂き、完成となりました。
全体的にはイメージに近いものが出来たと思います。石材店さんには大変苦労をして作っていただきました。ごらんの通りの一石彫りの竿石なので、総重量もさることながら、運搬据付もご苦労があったと思います。現在は墓参りの方々からも思わず笑みのでる可愛い墓と評判になっています。

入賞

墓石には自作の詩を刻み、墓誌は富士山型。丸みを帯びたお墓

静岡県 杉山様

お墓建立の際のエピソード

一人娘が嫁いでからは夫婦二人暮らし。いつのころからか自分達のお墓の事を二人で話し合うようになりました。
「私たちが元気なうちに建ててしまおうか。娘に心配かけるわけにはいかないからね。」
2年前いい墓地が見つかりました。
広い墓園をめぐり、たくさん墓石を見ました。そんな折、石材店の展示会に出かけたのです。そこで、鮮やかな赤い石に一目惚れ。
石のこと、デザインのことなど熱心に説明してくれた営業さんも気に入りました。
「霊峰(ふじ)の薊や 香りを永遠(とわ)に」
石塔には好きな「薊(アザミ)」の文字を入れた自作の詩を刻み、墓誌は子どものころから毎日仰ぎ見ている富士山のかたちにしました。 お墓を自分たちの手で作ったことで安心してこれからの人生を考えられるようになりました。

入賞

訪れる人が安らげるよう、墓石全体に丸みをつけた柔らかいお墓

岩手県 斉藤様

お墓建立の際のエピソード

両親も古稀を迎えたし、お墓の準備をしておいてもいいと思い墓園や石材店を回って見て歩きました。
祖父母の眠って居る公営の墓園に決め、この話を東京に住んで居る従兄弟に話したら、従兄弟の両親も生れ故郷に墓を建ててくれと云われているので、この際二世帯墓地にしないかと相談され、二家族で建てる事にしました。
石材店に行きましたら自分でデザインをし、個性のある墓を作って見ませんか、と云われ自分でデザインして作る事にしました。私は従来のお墓の形ではなく、訪れる人が(ほっと)やすらぐ事が出来る公園をイメージし、墓石全体に丸みをつけ柔らかく、淡いピンク系にしました。
石材店の皆称には難題ばかり申しつけ、又いろいろアドバイスを受けながら、おかげさまで自分の満足のいくお墓が出来ました。ありがとうございます。

入賞

母親が大好きだったセントルイス市の「ゲートウェイアーチ」をモチーフにしたお墓

山口県 福光様

お墓建立の際のエピソード

「思い出の場所の麓に」
亡くなった母親の思い出の場所、アメリカ・セントルイス市。
その場所は父親が生まれ育った街。
その場所を象徴する「ゲートウェイアーチ」をモチーフにしたお墓です。
ゲートウェイアーチのあるミシシッピ川沿いの公園は母親が生前、大好きだった場所。
広大なミシシッピ川の優しい流れと、セントルイスの街並みを見守るこのアーチの麓で、僕たちを見守ってくださいね、お母さん。

入賞

亡父の自慢の庭にある蹲(つくばい)をモチーフにしたお墓

北海道 中田様

お墓建立の際のエピソード

『吾唯足知』
京都 竜安寺にある 蹲(つくばい)に刻まれた言葉です。父の自慢の庭にもこの蹲が置かれています。何故父がこの言葉にこだわったかは今ではもう訊ねることはできません。いつでも学ぶことを忘れない男でした。技術者として日々現場を歩き、多くの「道」を造ってきました。
この墓石は蹲をモチーフに札幌軟石にて「円」を、ずれることのない父の性格を黒御影石にて「柱」をイメージし、「家」を造ってきた技術者としての私が設計をしました。 ものを造るには多くの人達の力がひとつにならなければならない。そのことへのこだわりが父にはあったのかもしれません。石を刻む職人の「手」にも大きな感謝と尊敬をいたします。『息子より』

入賞

永遠に花に包まれるイメージ、墓石彫刻の花いっぱい型お墓

埼玉県 高島様

お墓建立の際のエピソード

平成20年5月末、私の最愛の母が突然、他界致しました。母の面影、仕草、笑い声、愛情、思いやり、優しさ、一日たりとも忘れた事がありません。正直、今こうして文章を書き上げているにも関わらず、その現実をまだ完全には受け止められずにいます。
母は生前、お花や植物が本当に大好きな人でした。自宅の庭一面に多くの花々を育て、季節ごとにその実を見事に咲かせておりました。年に一度の母の日と誕生日には、母の大好きな花をプレゼントするのが恒例となっており、その際の照れながら、嬉しそうに微笑む顔は、良き思い出です。何が起こっても、私の記憶から消え去る事はありません。今までも、そして、これからも・・・・・
時の流れというものは実に早いもので、後、数ヶ月で母との死別から一年を迎える状況に至りました。「一回忌に納骨をしよう」そう固く決意しておりました。そこで初めてお墓建立に着手したのです。霊園は、母が生前過ごした地、慣れ親しみ思い出の詰まった地、埼玉県三郷市にある『新三郷シティメモリアル』と決めていました。時代の風潮、宗教等にとらわれる事無く、純粋に良い墓、納得の行くお墓を建てたいと心から思いました。石の種類、デザイン、文字、彫刻、全てにこだわりました。ひとつも妥協したくなかった。
インターネット等で墓石を勉強し、数社の石材店のパンフレットを頂き検討に検討を重ねました。そして、わたしの条件、わがまま願いを叶えて頂ける石材店に出会えたのです。お花が大好きだった母のために、お花でいっぱいのお墓にしたい旨を切にお伝え致しました。出来る限り多くの花の彫刻を入れ、永遠に、永遠に花に包まれる、そんなお墓をイメージしました。
自身の調べで、あるひとつの洋型デザインの墓石に心を奪われました。デザインは即座に決定しました。そこから何度も何度も、石材店の担当者様と打ち合わせをさせて頂き、変更に次ぐ変更にも快く応じて頂きました。常に良きアドバイスをして下さり、思い描いていた以上のお墓が完成しました。本当に嬉しかったです。嬉しくて、嬉しくて、その日は親族、友人等に連絡をしまくりました。石材店に心より感謝致しております。
こんなにも素晴らしく、素敵なお墓で母もきっと天国で喜んでいる事だと思います。最後になりますが母は優しく、人として優れておりました。だからこそ、お墓に刻んだ一文字は「優」に致しました。

入賞

一緒にお墓に入れるようにと、息子にデザインさせたアールヌーヴォー様式お墓

福岡県 早渕様

お墓建立の際のエピソード

お墓を建てることになったとき、はじめ息子は私たちと同じお墓に入ることを嫌がりました。両親である私たちと一緒のお墓ではなく、別にお墓をつくると言います。一人息子なので出来れば同じお墓に入ってほしいと思っていた私たちは、だったら息子も一緒に入りたくなるようなデザインのお墓がいい、と思い息子にデザインを任せることにしました。
実は大学で芸術表象を勉強していた息子は、かつてヨーロッパを旅行した際、プラハでアールヌーヴォー様式の画家ミュシャのお墓参りをするために墓地に立ち寄っていたそうです。古城の中にある墓地の崇高さと、ひとつひとつが個性を持った装飾的な墓石にとても感動したとのことでした。
息子は日本の公共墓地の中で他の墓石とも共存する為に、伝統的な墓石のスタイルをベースにしながらも大好きなアールヌーヴォー様式をイメージしながらデザインを考えたそうです。全体的に曲線なのはその為なのだそうです。 正面の「夢」という文字は、墓石に入った後も夢を見続けられるようにと夫婦で選んだ一文字ですが、納骨室扉にはラテン語で「Memento Mori (メメント・モリ=死を想え)」と彫刻しています。
そこに眠る人間が夢を見続けることができ、訪問者は死を想うことができる、そんなお墓にしたかったのです。
自分の理想通りのデザインのお墓ができたので、息子も考え直してくれたようです。家族でのお墓参りが嬉しくなりました。

入賞

繁栄を願った末広がり型お墓

神奈川県 伊原様

お墓建立の際のエピソード

寿陵墓です。当初、父はあまりお墓に関しては、深く考えておりませんでした。 母が積極的でした。お墓の場所、大きさ、デザイン、又、その後の継承等の件も含めて、自分達が生きている時に考えたいという事で、霊園も決定しました。父は仕事が忙しい事もあって、母が色々とデザインを推し進める事になります。 まず、石碑に関しては、当家の繁栄を願い末広がりになる様にデザインしたのが特徴です。花立て、香炉をはじめすべて、オリジナルデザインで仕上げました。 又、外柵は、石と自然の風が生きる様に風穴を設けた屏風も斬新であり、かつ大地との一体化をイメージしています。父も驚き、母、私も大変喜んでいます。

入賞

年配の墓参り者に配慮したステンレスの手すり付お墓

静岡県 村松様

お墓建立の際のエピソード

神徒である当家の墓地は東京雑司ヶ谷にあります。
十数年前父はその墓地を改葬しました。いずれ、そこに眠ると考えていたと思います。しかし晩年、家族と過ごした伊豆の地に、我が家族の歴史を刻むべく、新たに建墓することを、望んでおりました。
父の、希望は“デザインの良い墓” そんな希望を叶えるべく、私共家族の建墓への日々が始まりました。
縁あって、建墓について、石材店に相談したのは三~四年前の事であったと思います。その後も、何度となく石材店さんにはお会いする機会もあったのですが、東京に墓地があるという安心感からだったのでしょうか、結局、父が亡くなってから再度、建墓について、ご相談することとなりました。
建墓にあたっては、自身には何の予備知識もなく、かなり多くの本を取り寄せ、ネットでも情報収集し、霊園巡りもしました。デザインに拘ったものの、なかなか具体像が浮かばないところ、石材店から多くの専門的アドバイス、ヒントを戴き、半年以上の長きにわたり、お力添えいただきました。
変形な敷地の一部をうまく取り込んだ階段。年輩の墓参者に配慮したステンレスの手摺りが程良いアクセントになっています。幅広く斜めに立ち上がっていく石塀。二色の石のコントラストも美しく、前面の低い塀にはゆっくり腰掛けられます。シャープに掘られた水皿周囲は、広いお供物台としての役を担います。
機能美…
完成し、磨き込まれ、真新しく黒光りしている墓石を眺めると感慨深いものがあります。
この新しい墓地は、伊豆の地での、我が家の第二幕の歴史として、時の経過と共に、家族に機会あるごと想いと共に磨かれ、家族の歴史と共に、味わいが増し、そして、尚一層の愛着が湧いてゆくことでしょう。
家、家族の歴史と共に代々引き継がれ、事ある時々縁者が集い、そして故人の思い出に浸る一時を送る。そんな、場所にふさわしいメモリアルモニュメントの完成と満足し、心より感謝しております。

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