全国各地から墓石修理のプロが被災地へ参集。 支援活動を実施しました。
全優石 津波記憶石の取り組みについて
この度の東日本大震災は、近代日本において誰もが経験をしたことがない未曾有の大震災となりました。この震災で亡くなられた方に心からご冥福をお祈りいたしますと共に、いまだ行方不明の方のご親族や多数の被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。
全優石の加盟店の中でも被災し無念にも一命を落とした方もおります。それでも私たち加盟店の多くは被災地から遠く、被災された皆様のお気持ちや御心労を十分に理解できていないかもしれません。
しかし
One for all All for one(一人はみんなのために、みんなは一人のために)
You'll Never Walk Alone(君はひとりじゃない!皆で闘っていこう!)
この言葉を大切に、誰にも平等に未来への希望があるということを信じて、これからの日本の復興に向けて立ちあがることが生きている私たちの使命であります。
今後、復興にはどれくらいの人力や資金、時間が費やされるかについては恐らく、誰もが理解・判断しえないと思います。既に多くの方が「今、自分には何ができるのだろうか?」とそれぞれの立場で考え、行動をされておられます。
全優石では震災以来、石材のプロ集団として被災地復興支援活動を推進しています。
その一環として、長く後世にメッセージを伝える被災された方々の心の拠りどころになるよう『津波記憶石』建立プロジェクトを始動しました。
【これまでに支援協力を頂いた企業・団体・個人】
ミサワホーム株式会社、デッサウ・バウハウス財団(ドイツ)、パウル・クレー協会(スイス)、日本パウル・クレー協会、浅葉デザイン室、ボンド商事株式会社。
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東日本大震災での津波の恐ろしさを永く後世に語り継いでいってもらいたいとの願いを込めて、行政や地域住民の要望と協力を得ながら、「津波記憶石」を建立・設置。その除幕式が行われました。 【取材メディア】 |
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【碑文を読む地元の方々】 |
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【野田武則市長より全優石吉田会長へ感謝状が贈呈されました】 |
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【贈呈された感謝状】 |
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3/11に発生した未曾有の震災以来、全優石として、業界として、何ができるかを模索検討してきました。
6月に石巻のお客様から「被災された人々の心の復興のためには手を合わせる場所の確保が何よりも大事。7月の慰霊祭までに流された墓石を、とりあえず手を合わせられる状態にしてほしい」との要請により、全国の全優石のお店にボランティアを呼び掛けました。
また続いて、慰霊のために東日本大震災での津波の恐ろしさを後世に伝えるとともに、津波が到達したウオーターラインや人々の目に付きやすい場所に行政や地域住民の要望と協力を得ながら、「祈りの慰霊碑」として永く後世に語り継いでいってもらいたいとの願い込め、「津波記憶石」の建立計画を発足、推進しています。
その最初の石碑「津波記憶石」が岩手県釜石市の根浜海岸(宝来館前)の松林に、12月6日建立し、12月9日午後1時半に釜石市野田武則市長、支援にご協力を頂いたミサワホーム株式会社平田俊次常務取締役など関係者が参列して除幕式が行われます。
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【津波記憶石加工の様子】 ![]() |
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3/11の震災後、全優石では被災地支援に向け「復興支援プロジェクトチーム」を発足、業界として いち早く復興に向けた活動に取り組んできました。
この度も、被災地区にあるご住職からお盆、お彼岸を目前に控え、檀家の方が手を合わせられる ようにとの強い要望が被災地の会員にありました。しかし、石材店自身も被災者であることから こうした要望に十分に応えられない状況であり、全国の全優石会員に支援を要請。 北海道から福岡まで多くの会員が墓地の復旧・復興に駆けつけました。
その全優石の被災地支援活動の様子が7/1、7/12の読売新聞の掲載を始め、7/28テレビ朝日系の 報道番組「スーパーJチャンネル」等幅広いメディアで取り上げられました。
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【読売新聞 平成23年7月1日付】 ![]() |
【読売新聞 平成23年7月12日付】 ![]() |
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【墓地の復旧工事に取り組む全優石メンバー】 ![]() |
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※このページに掲載されている記事は、読売新聞社の許諾を得て転載しています。

平成23年8月21日付 河北新報に震災で倒壊したお墓の修理に関する記事が掲載されました。
被災したお墓に限らず、お墓に関することは焦らず慎重にお建てになった石材店または全優石のお店へご相談ください。
【河北新報 平成23年8月21日付】 ![]() |



















