石材店・霊園トップ > 吉田会長×吉村先生 対談
全優石は、消費者が一生に一度のお墓づくりの際 「安心して頼める店作り」を目途に、1983年に組織されました。
以来、建てた石材店と全優石がお客様のお墓をダブルでお守りする お墓の「保証書」の発行(一部除外あり)や、お墓を建てる前に知っておきたいお墓の話や墓石のこと等 お墓の勉強をして頂くための「お墓講座の開催」、「フリーダイヤルお墓何でも相談」、 「書籍の発行」などの活動を展開しています。
また、一般社団法人として環境問題にも取り組み 会員石材店を通じて「みどりの募金活動」も行っております。
普段なじみのないお墓や墓石に詳しい消費者は少ないため、 心無い石材店の対応によりトラブル、クレームが多く聞かれるようになってきました。
全優石が、石材店選びのサポートとなり ご納得できるかたちでお墓を建立できるようお役に立てればと思っております。
お墓のこと、墓石のこと、石材店選びのご相談はご遠慮なく全優石までご連絡ください。


吉村先生:10歳の頃に読んだツタンカーメンの発掘記がきっかけです。1966年に初めてエジプトに行ってから、40年以上。3年で発掘権を獲得することはできましたが、最初から上手くいったわけではありません。10年20年30年と段々と器具を扱うのも慣れて勘も働くようになり、運も向いてきて未盗掘のものも発見できるようになりました。

吉村先生:エジプトでは発見されたものは発見者に所有権が半分あります。なので各国でも競い合うように発掘が行われてきましたが、もともとエジプトのものを外国で所有しているのはおかしい(笑)そう思うようになってからは分配権を放棄しました。それはエジプト政府からすれば目からうろこだったようです、そんなヤツもいるのかと。それで信頼を勝ち得たのでしょう。分配権は放棄しましたが、その代わり1年でも2年でも日本で公開させてもらえる権利をいただきました。

吉村先生:エジプトではお墓以外からの発掘品があまりありません。もちろん壁画や天井といったお墓以外のものもたくさんありますが、古代エジプトの生活観や宗教観がわかるようなもの、装飾品やこの世に一点しかないものといったものはお墓と一緒に発見されます。なぜかというと古代エジプト人は現世のものを全てあの世に持っていきたかったからです。古代エジプトではお墓はあの世とこの世を結ぶ基になると考えていました。
お墓は終着点ではなくスタート地点なのです。現世では限られた時間を過ごし、あの世で永遠の時間を過ごす。あの世から現世に帰ってくる時の場所はお墓です。ですのでとても大切に作りますし、生前なんのために働いて財を成すのかというと、お墓を作る為、自分がミイラになる為、死後のあの世で築いた財産を使おうという純粋な心からでした。

吉村先生:当時ミイラにできたのは、力のある権力者などエジプト国民の1%弱。大半の国民は農民ですので死んだ後は河に流され海に戻ります(水葬)。現在のエジプトでは、お墓は墓地にあり、火葬はせずにお棺に入れ、地下にある亡くなられた家族が埋葬されている棚に納めます。年に1回、古代と同じようにお墓の前で先祖の生前を偲び、墓の前で話をして食事をして、先祖もそこに戻ってきて一緒になって楽しむといったエジプトでもいわゆるお墓参りがあります。
吉田会長:日本のお彼岸のような考えがエジプトにもあるのですね。昔の日本のお墓は死者の供養塔といった考えでしたが、現代ではそれと同時に自分、あるいは自分の家族の生き様や考え方を未来の家族へ語り継ぐお墓作りが始まってきています。先生のお話を聞くともう古代エジプトではそのようなお墓作りをしていたといった印象をうけますね(笑)
吉村先生:お墓があってそこに先祖がいる、そこには精神があります。精神は永遠に生き続け、社会を作り社会が変わって、また新しい情報を魂が吸収しどんどん成長していく。このような考え方が他の動物とは違う、人間の世界ですよね。

吉田会長:日本でも人は死ぬと「魂(こん)」と「魄(はく)」の2つのたましいに別れるといわれています、同じ考え方ということですよね。
吉村先生:日本も古代エジプトも地球の古代人は皆そのように思っていたんでしょうね。人間本来の永遠に生きたいと思う気持ちをどのような形に残しますかということをどの文明も自問自答してきて、最終的には精神は生き続けるといった結論をだしています。

吉村先生:供養することは自分を供養していることにもなります。おじいさんやおばあさん、先祖を想う気持ちっていうのは将来の自分を供養していることですよね。
吉田会長:先祖を供養するのは大事だけども供養する心を持つ事が大事、その気持ちが周り巡って自分に戻ってくる回向(えこう)という考え方が日本にもあります。
吉村先生:言葉や形式が違うだけで、同じ概念ですね。

吉村先生:エジプトでは夫婦一緒のお墓に入る事は珍しいです。この世で一緒だった夫婦はあの世でも夫婦だという概念があるのでたとえ遺体が離れていてもあの世で一緒です。父親の墓は母親が作り、母親の墓は息子が作る、といった考え方でした。
吉田会長:お墓というのは日本人の精神の基盤であり、特にこれから重要になってくるものだと思います。
吉村先生:お墓は人間の「終わり」でもあり、「始まり」ではないでしょうか。すなわち人間の証。日本は昔からお墓を大事にして先祖を大事にしてという祖霊信仰でしたが、近代になって「いま自分はこうしたい」といったように現世での比重が強くなってしまった。けれどいまはそのことをもう一度見つめなおすチャンスだと思います。

吉田会長:現在我々では理解できない事件もたくさんありますが、これは今の子が小さい頃からお墓参りに連れて行かれることがなくなった、つまりそこで命の大切さ、自分の命は先祖から続いているということを学ぶ教育が消えてしまったせいではないかと。
吉村先生:その通りです、墓参りこそが家庭教育だと思います。いま一番失ってしまった家庭教育。先祖を想う両親の姿をみている子供達は絶対自分の事を想ってくれますよね、そのことを示さないとダメです。

吉田会長:そういう面でやはりお墓というのは情操教育の場として非常に大事なものだと思いますし、先生の仰っているようにお墓は家族を語り継ぐ、『想い』のお墓作りというのはどんどん増えていってもいいものだと思うんですよ。
吉村先生:日本の人達がお墓を大事にし、先祖を大事にし、そこに社会を戻さないとダメですね。