2013/05/20 【お墓博士の一言】
彼は悪いことをしたので“村八分”にされたなどという使われ方をしますが、“村八分”という言葉の意味をご存知ですか。 村八分とは、仲間はずれにすることで、江戸時代から行われた慣習です。 村の秩序を破ったり、守らない人や家族を村民が協議して絶交するという掟なのです。
なんか集団、組織による“いじめ”みたいに思えますが、今問題になっているいじめは、個人の相手に対する思いやりの欠如、人間性の欠如によって引き起こされていますが、村八分は集団の協調、和を守る為に、みんなで協議して決める点が異なっています。
村八分の“八分”は、十分ある交際の内、その人の身の回りで起こる冠・婚・出産・病気・建築・水害・年忌・旅行については付き合わない、助けない、のけ者にするということです。 但し、残りの二分については、助けましょう、協力しますという掟なのです。“二分”とは、葬式の世話と火事の消火活動です。
死体は放置すると腐臭が漂ったり、伝染病の原因にもなり自分たちに被害が及ぶ、火事も延焼を防がないと自分たちに被害が及ぶ、だからこの二分については協力しますというわけです。ちょっと虫のよい掟のようにも思えますね。
死体を放置すると自分たちに害を及ぼすから協力するということのようですが、私は村八分にした人でも、死ねばその罪は許されるという人間の証でもある死者への哀悼の気持ちから葬式には協力しようという思想があったのではないかと思います。
村八分にされた人にも人生がありました。辛い思いもしていたのではないでしょうか。 出来ればお墓を建ててあげたいですね。そして墓前にぬかずき、おまえは厄介者だったが天に召されたのだから全てを許そう、安らかに休みなさい。私も厳しい仕打ちをしたが許してほしい、と手を合わせれば、その心は天に届き、貴方の行いに感謝し、あなたを天上から見守ってくれる「徳」となって還ってくることでしょう。お墓はその役割をするためにも大切なものなのです。