2013/08/22 【終活のレシピ】
『エンバーミング』という言葉を耳にしたことはありますか? 日本語にすると『死体防腐処理、遺体衛生保全』という意味で、遺体を保存処理するために防腐や殺菌を施し、必要に応じて修復を行うことで、長期保存を目的にした技法です。日本ではなじみの薄いエンバーミングですが、欧米を中心にアメリカやカナダでは90%~95%の遺体に、イギリス、北欧では70%、アジア圏であるシンガポールでも70%の遺体にエンバーミングの処置が施されています。
その歴史は長く、古代のミイラにまで遡ります。その後、南北戦争で戦死した兵士を遠く離れた故郷へ帰すために長期保存が必要になったことが、欧米でここまで浸透したきっかけになりました。この歴史的背景から、今でもアメリカの南部地区では95%の遺体がエンバーミングを受けているそうです。
一方日本でも映画『おくりびと』で世間に知られるようになった納棺師を始め、死化粧をテーマにした映画や漫画など、故人を美しい姿で見送るための技術をテーマにした作品は様々ありますが、『エンバーミング』という技法自体はほとんど浸透していません。
それはなぜでしょうか?
日本で浸透しない理由
それは欧米と日本で広く信仰されている宗教の違いにあります。
欧米ではキリスト教が広く信仰されているため、キリスト教会の見解として火葬を禁止してきた歴史があります。近代に入ってから各国の教会で、火葬を認める見解が発表されたこともあり、近年では火葬を許容する動きもありますが、エンバーミングを施す傾向は未だに根強くあります。
それに対し仏教が浸透している日本では、釈迦が火葬されたことにちなんで、一般的に火葬の文化が浸透しています。地域によっては土葬文化が根付いている所もありますが、衛生面から行政が火葬を推奨していることや火葬技術の発展により、近現代では火葬がほぼ100%を占めています。
そのため、あまり一般的にエンバーミングをしなければならないような長期保存の必要がなく、欧米に比べて浸透率が低いのです。
また、エンバーミングを行う『エンバーマー』と呼ばれる日本人の技術者はまだまだ少なく、アメリカやカナダの州資格を持った外国人が日本でのエンバーミングを担当することが多いのです。彼らは州法や諸外国の規則に従って処置を行うため、日本の法や規則に即していない部分が多くあります。そのため、日本に適した日本人『エンバーマー』が養成されていないことも、浸透していない原因の一つでもあります。
エンバーミングが必要な場合とは
では、日本では全く必要ないのでしょうか? 実はあまり知られていませんが、日本でもエンバーミングが用いられるケースがあるのです。
それは、海外で亡くなった方を日本の遺族の元へ帰す場合です。飛行機や船舶での『帰還』となるため、そのままでは遺体の劣化や腐敗が進んでしまいます。日本では海外でテロの被害に遭われて亡くなった方に対し、公費でエンバーミングを施します。
他にも、事故などで遺体が損傷している場合や病死の場合には遺体の損傷が多く、また、暑い季節は遺体が腐敗しやすいため、処置を行うようになってきています。また、災害によって速やかに火葬が行えない場合や、遺族がすぐに駆けつけられない場合にも、エンバーミングによって遺体の腐敗を防ぎます。
先の東日本大震災では、エンバーマーが被災地に赴き、犠牲者のエンバーミングを行ったそうです。このような未曾有の大災害で、火葬場も被災し、速やかな弔いが行えないときには、エンバーミングの大切さがわかります。
日本全体の8割程の方が、病院等の医療機関で最期を迎えられます。医療機関で亡くなった場合、日本ではすぐに遺体処置をするため、遺体から発生する病原菌やウィルスによる感染症の危険性は欧米に比べて低いそうです。
ですが、海外で亡くなるケースや災害や事故の犠牲になってしまうケースでは、遺族がすぐに駆けつけられなかったり、長期保存が必要になる場合があります。エンバーミングは、そんな亡くなった方を弔う方法の一つです。
どんな状態であっても、大切な人が亡くなることは悲しいことです。エンバーミングには、そんな人が人を大切に思う気持ちが込められています。